泉佐野の実行委員ひとりひとりがどんな想いで、RUN伴や自分の仕事に取り組んでいるのか? ワークショップを通じて、気持ちの共有を行いました。この試みのなかで、今回は医療と福祉の違いについて、Storiesチーム内で議論したことも含めてシェアしています。

RUN伴泉佐野・実行委員の8名とともに、「RUN伴や福祉の仕事を通じて、大事にしたいこと」について話をしました。
 

泉佐野はこんなとこ

「世界へのアクセスが楽」
「海と山が楽しめる」
「まちをよくしようとする人がいる」
「温かい・なつっこい」

なかには
「〜谷という名字が多い」
というものもあり。泉佐野には、変わった名字のひとが多いんだとか。たしかに、委員・片木谷(かたぎや)さんの名字もはじめまして、だ。

「金物谷(かなものや)さんとか番匠谷(ばんしょうや)さんもおるなあ。もっとめずらしいんだと、兎田谷(うさいだや)さんというひともおるわ」
「元々、『〜屋』という名前だったらしい。それだと米屋とか魚屋と変わらんことになってややこしいゆうことで、商店街とこにある『上善寺』の住職が『谷』にしたら? と提案したという話が残っているそう」


写真/泉佐野に「谷」のつくお名前を広めるきっかけをつくった『上善寺』。

泉佐野は、人が魅力!

「人が魅力である」という意見もたくさん出ました。これについて、もうすこし聞いてみると……、鍼灸師の星野さんが口を開きました。

「訪問鍼灸で、患者さんのところにまわっています。僕にとっては当たり前になっているんですが、とある患者さんの家、鍵を閉めないんですよ。ご高齢でお野菜つくっている方なんですが、お台所には鍋にカレーとか肉じゃが、そのほかいろんなおかずがいつも置いてあって。近所のひとが作って持ってきてはるんです。
『近所の○○さんとこに野菜届けてくれんかな?』って僕もお返しのお使い頼まれたりします」
「隣近所のひとの顔がわからないこのご時世で、近所のつながりは大きいですよね」
「そう。鍵が開いているって一見、防犯上では問題あるように思うんやけど、その家が開いてることを知っとるひとが多かったら、防犯カメラより強いなと思う」

100人いたら200の目がある。近所のひとや同級生など横のつながりを大事にする泉佐野。困ったことがあっても、誰かがいるという安心感が、住みやすさにもつながっているのかもしれません。

働くうえで、大切にしていること

福祉の仕事をして6年目の柿本さん。
「心のこもった言葉をかけることを大切にしています。
最初、怒っている入居者を目の前にして、どう言葉をかけていいのかわからなかった。けれど、相手の言葉をおうむ返ししてみると『そうやろ』と伝わった。言葉が出ない方への意思疎通の難しさを感じていますが、自分の心の動きを気にしていないと相手から引き出せないということを学びました」

実行委員の片木谷さんからは「尊厳」という言葉が……。

「言葉が出ない方にも血圧や体温を計るときには、『いまから計りますね』と言葉がけをするようにしています。
看護学校時代、担当の看護師が寝たきりの方を清拭するときに『こんなん人形と一緒やろ』と言いました。わたしはとても傷つきました。目の前の人はモノじゃない。あのとき、元気がない方、歩けない方、誰もが楽しんでもいいんじゃないかと思ったんです。
暮らしの中の声を聞き、いかに『その人らしさ』を追求できるかを考えています」

「わたしが病院に勤めていたときの看取りは、家族を部屋の外に出すんです。そして亡くなったあとは、病院の裏から出す。来たときは表から入ってくるのに。わたしは福祉の仕事を始めたとき、いままでできなかったことをすべてやろうと思いました。
看取りのケアは家族と一緒に。点滴などのチューブもなるべくつながない。痰も出なくなるようなケアをする。薬に頼り過ぎず、日々のケアを大切にしていけば、自然治癒力が高まっていくんです。日常の延長線上に看取りがあると思っています」


インタビュー予定だったが、取材の2週間前に亡くなった山本一枝さんのお部屋。片木谷さんたちは、最期まで山本さんの人生をサポートした息子さんにインタビューしています。

医療と福祉、どう違う?

ここまで話を聞いて、医療と福祉の違いについて疑問を持ちました。
福祉は人に寄り添うけれど、医療はちがうの? 「人を助ける」という意味では変わらないのでは?
ワークショップのあとに、Storiesのメンバーにこの疑問をぶつけてみました。

メンバー・ナカハマの意見をご紹介します。


写真中央がナカハマ。Storiesメンバー唯一の福祉職員でもあります。

「入院で例えると、医療の最大の目的は『治療をする。悪いところを治す』。そうすると、治療する部位以外の病気など(この場合、認知症だとする)で発生するリスクについては力の限りで防ぐ。
足を骨折した認知症の人が入院したとして、まだ治ってないのに、歩こうとするとベッドに縛られる。これが本人の気持ちに沿わないことで、『怪我をさせないこと』が優先事項になっちゃって『尊厳=本人の想い』が後まわしになる。これがいまの医療の現場が抱える問題でもあると思う。
一方、福祉は生活の支援だからこそ、その人が病気や怪我があっても、『どうありたいか』を優先して考えやすい。

環境によって重要視することの違いはあっても、医療の場でも『尊厳』は、表現できるんじゃないかな? 実際にホスピスで患者さんの最期の希望を叶えようと奔走したりする動きも出てきているし。医療の面でも、これからより強くなっていくと思う。
延命治療をするかどうか、自分の人生に選択ができたら医療の場にもその人らしさがあらわれやすくなるんじゃないかな」

*****
ワークショップの中でも、唯一鍼灸師として医療の分野に関わる星野さんもこんな言葉を出していました。

「治療をしてその人の状態を改善することが大前提。けれどそれだけでなく、患者さんと心を通わせて、信頼をしてもらうことを大切にしています」

治療(医療)と福祉。関わる気持ちや理想は変わらないんですね。それを聞いてほっとしました。

最後は、参加者のみなさんで記念撮影!

総合コーディネート力の強い、泉佐野の実行委員のみなさん。それぞれの立場がありますが、同じ目的に一緒に向かっていると感じました。
ワークショップのなかで、「認知症」というキーワードが一度も出なかったのが印象的でした。「その人らしさ」で相手を見ることが、日常に染み込んでいるからかもしれません。

泉佐野のみなさん、ありがとうございました!

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