あのときは「普段やっていることって、こんなにいっぱいあるんだ」という気づきがありました。

井坂康隆さん

宝物:ケアマネージャー手帳

井坂康隆さん

インタビューなんて慣れないから緊張するなあ。え、趣味ですか? なんだろう、家族と一緒に釣りに行きますよ。天草まで。ここからクルマで一時間くらいです。子どもが一緒なので、安全な堤防で。こっちで言う「クロ(メジナ)」「ガラカブ(カサゴ)」なんかが釣れますよ。子どもは12歳と10歳、4歳、そう。みんな男。超わんぱくです。

私は熊本市中央区で、高齢者の方のための在宅介護の事業所でケアマネージャーをしています。認知症の方のご自宅での生活を整えていくのが仕事ですね。現場ももちろん経験しましたが、そのひとの生活の面を広く設計するマネジメントをやってみたかったんです。
宝物っていうのか、これがないと仕事にならないという意味で、手帳です。介護保険制度や介護報酬の概要なんかが載っている「ケアマネージャー手帳」っていうのを使っています。
在宅介護なので、利用者さんのところへうかがうスケジュール管理に必須アイテムですね。

私がケアマネージャーになって間もない頃に起こったのが熊本地震。2016年でした。みなさんニュースで見たことあると思うんですが、うち実家が益城町(ましきまち)なんですよ。もろにやられた地域です。1度目は大丈夫だったんですが、2度目の地震で家がかたむいて、住むことができなくなってしまいました。
あの時はとにかく必死で、冷静に自分がしたことを覚えているひとなんていないんじゃないかな? 認知症の方も、この未曾有の非常事態に症状も変わってしまう。突如幻覚や幻視、幻聴、徘徊が出る方もいました。大きな変化についていくことができずに、不安・パニックになってしまう。避難所側の受け入れも難しいようでした。
僕も自分や家族の安全や生活を確保したうえで、やっと働きに出るという感じでした。
あのときは、水もガスも止まっていて、電気だけ来ていたのかな? 被災から一週間くらいは、職場のデイサービスに地域の方が水を取りにきていて。なので、僕らも配るための水を汲みにあちこち行きました。
こういう非常事態の場合は、マニュアルがあるわけじゃない。管理者のひとだって、どう指示したらいいか分からないですよね。それぞれがとにかく目の前にある仕事をやっていたと思います。

17時過ぎに仕事が終わったら、次はうちの分の水と食料の確保です。当時は下の子が1歳だったんですよ。役所の配給の列に並んで、おにぎり2つパン2つをもらって、クルマの中で食べる、という生活でした。常に、緊急地震速報は鳴っていて、いつ余震が来るかわからないからビクビクして、一週間車中泊をしてましたね。幸い4月中頃だったので、暖かかったんですよね。でも、4日間はお風呂に入れませんでした。家族全員ギトギトでしたよ。丸3年経ってやっとあの経験を話すことができているかもしれません。
あのときは「普段やっていることって、こんなにいっぱいあるんだ」っていう気づきがありました。水が一番困りましたね。飲水だけじゃない、生活用水ってやつです。
認知症の方は、日常生活のなかで自分でできないことがある。それをあの経験によって細かく分析できるようになったというか。仕事にもいきているかもしれません。て、ちょっとかっこつけ過ぎですかね。

RUN伴は、職場の先輩に誘われて初めて参加しました。みんなリラックスしていて、どの方が認知症かわからないくらいで。実行委員の大学生と支援をする事業所と、ほかにも土俵が違うひとたちが一緒に楽しくワイワイ歩くのは、とてもいいなと思いました。
「認知症の啓蒙活動!」と意気込むだけじゃなく、肩の力を抜いてまずは接してみてよ、というメッセージがあったような気がします。お互いが身近な存在になることで、災害や困難を一緒に乗り越えられるかもしれない。……あ、またかっこつけちゃいました。

RUN伴Storiesトップに戻る